INTERVIEW

脱炭素社会実現には当事者からの戦略の提案が重要

Michel Colombier 持続可能な開発と国際関係研究所(IDDRI)
インタビュー実施日:2019年12月4日/場所:IDDRI(フランス・パリ)

長期戦略について

甲斐沼: 今日はお忙しい中、インタビューの時間を頂きありがとうございます。脱炭素に向けた動きの中で、今フランスでどのようなことが問題になっているのでしょうか。

Colombier: 原子力の扱いは重要な問題です。2012年に大統領選挙がありました。前年に福島第一原子力発電所の事故があり、また、ドイツは脱原発を決めました。オランド前大統領は2つの重要な約束をしました。

甲斐沼: どのような約束でしょうか。

Colombier: 一つは、安全性とエネルギー源の多様性を増やす観点から原子力発電のシェアを削減するというものです。但し、脱原発は行わない。もう一つは、「エネルギー移行に関する国民会議」を実施するというもので、2013年と2014年に原子力発電に関する国民会議が実施されました。ローレンス・トゥビアナ氏(IDDRIの創設者・COP21仏特別代表)がリードしたこの会議はグルネル会議と呼ばれています。グルネルという言葉は1968年に起きた「五月革命」を収拾するべく、グルネル通りにある労働省で政府・労働者・使用者の代表者会議を開催し、労働条件の改善について労使が結んだグルネル協定に由来しています。2014年には国民討論の結果を踏まえて、議会での議論がありました。

甲斐沼: どのようなことが議論だったのでしょうか。

Colombier: フランスの原子力の議論で重要なことは、原子力発電施設の寿命です。多くの原子力発電施設は1980年代に建設されました。原子力発電所の寿命は40年と想定されているので、寿命が来た原子力発電所をどうするかが問題となっています。運転には40年のライセンスが与えられましたが、このライセンスを、安全面を検討した上で10年延長するか、廃棄するかの選択肢があります。

ディベートの目的は、法律を作成するにあたって、政府に情報やビジョンを与えることでした。ディベートの後に、報告書を政府に提出しました。報告書には具体的に何をすべきかについては書かれていません。フランスには異なった意見があることが書かれていて、どのように参加者が違った意見に対して議論したのかが述べられています。その後、国会での議論になりました。国民会議、元老院、経済社会環境評議会(CESE)で議論しました。

甲斐沼: どのようなことが決まったのでしょうか。

Colombier: エネルギー移行とグリーン成長の法律の準備が行われました。最初に目的を明確にする必要がありますが、目的はディベートからもたらされたと言えます。フランスではディベートの前に既に法律がありました。2050年までに温室効果ガス排出量を75%削減するというものです。2015年に制定された「エネルギー移行法」では、長期目標についてはこの目標が踏襲されました。

法律はパリ協定の前に採用されました。ビジョンはGHG排出量だけではありません。経済とエネルギーの移行について記載されており、また、2050年までにエネルギー消費量を50%削減することが明記されました。原子力に関しては、2025年までに原子力のシェアを50%削減することを目標としました。

目的を達成するための国家低炭素戦略(SNBC)も規定されました。2015年を出発点として、5年ごとの戦略です。これは法律のもとに作られた政令です。期間毎に炭素バジェットが設定されています。このバジェットは全ての経済活動に関係しています。そして部門毎の目標も設定されています。

2018年には「エネルギー多年度計画(PPE:Programmations (programming), pluriannuel (multi annual) for energy (Programmations pluriannuelles de l’énergie))」が発表されました。この法律はエネルギー投資に関する計画も規定しています。今後10年間のエネルギー計画です。

甲斐沼: 長期戦略の作成はどこが責任を持って準備するのですか。

Colombier: 戦略の作成は環境連帯移行省(以下環境省)が責任を持っています。環境省はエネルギーを含む温暖化に関する全ての政策に責任があるので、戦略の作成にも責任があります。勿論、他の省庁も参加する多くのワークショップを開催して議論が進められました。ワークショップには市民の代表、産業界、NGOs、科学者なども参加しました。ワークショップでは、風力発電開発、建物のエネルギー効率、炭素税など、あらゆることが議論されました。

同時にモデル分析も行いました。しかし、戦略はモデル分析に則って作成された訳ではありません。戦略は社会との話合の結果です。勿論モデルの結果は参考にされました。

話し合いの後、モデルを再び使いました。目標を達成するにはどの程度の費用がかかるのか、どの程度の資金がいるのかなどがモデルで計算されました。このようにして、長期戦略は準備されました。従来の方法ではなく、参加型のアプローチが採用されました。但し、一般的な市民ではなく、NGO s、連合、産業界などの組織された市民参加でした。

甲斐沼: 長期目標の内容について教えて下さい。

Colombier: 2018年にマクロン大統領は脱炭素の目標を掲げました[1]。2050年までに脱炭素を達成するようエネルギー計画も変更されました。そして法律も変更することになりました。

法律では原子力の目標も変更されました。最初の法律では、2025年までに原子力の比率を50%とすることになっていました。再生可能エネルギーの導入と併せて、我々は明らかに遅れをとっているので、2035年に変更する事になりました。

甲斐沼: 他にはどのようなことが検討されたのでしょうか。

Colombier: 土地利用、土地利用変化及び林業(LULUCF)についても進展がありました。以前の長期戦略に入っていなかった、生物学的なCO2の吸収や、技術的なCO2回収などが入っています。しかし、技術が15年、20年先に実現されるとなると、遅いと言わざるをえません。早急に技術を採用する必要があります。2050年までに脱炭素を実行する必要があります。エネルギー効率改善や、再生可能エネルギーについて、実績が上がれば、炭素回収を始める必要はなくなります。

それでも、炭素回収貯留を開発する意義はあります。一つは、工業プロセス用です。勿論、工業プロセスからCO2排出量をなくす別のオプションがあるかと思いますが、よくわかっていません。もう一点は、将来マイナスのCO2排出技術が必要になる可能性があることです。多くはないにしても、ある程度のBECCSが必要となってくる可能性はあります。マイナスのCO2排出技術としては、直接空気からのCO2回収技術も必要になってくるかも知れません。フランスの2050年の戦略に関して、農業は重要です。メタンや亜酸化窒素の排出を抑制することも重要ですが、炭素隔離と貯留も重要です。

甲斐沼: 産業界の受け止め方はどうでしたか。

Colombier: 我々はこれまでたくさんの議論を関係者としてきました。産業界の人も持続可能な産業を求めています。我々は産業界の方々と議論して、例えば鉄鋼産業が望む戦略を聞きました。かれらは将来像を持っています。農水省や財務省などいろいろな省庁とも会合を持ちました。

形式的に言えば、戦略は政府が採用したものです。すべての人のビジョンを導くものです。実際には、色々な分野との議論が必要です。法律も必要です。単に戦略があるというだけではなく、すべての人がそれに対して準備する必要があります。戦略はすべての人にとっての基準(reference)と考えられます。

脱炭素が基準です。「これを良くするにはどういったことが考えられますか」と問うことが必要です。何%を削減するかといった議論は、これまでの延長線上にあります。脱炭素の価値の一つは、ビジョンを与えることです。すべてのレベルに通用します。どんな変化かといったビジョンを持つことです。電気自動車、公共交通、都市計画の役割は、どのような移動手段が必要かということです。このビジョンは国家レベルでも、地方レベルでも、個人レベルでも通用します。というのも、我々がどのようなところに住みたいかといったことが見えてくるからです。

産業についても意味を持ちます。例えば、自動車産業の場合、電気自動車なのか、もっと小さい車なのか、シェアできる車なのかといった将来の交通手段を考えると同時に、その生産方法を考えることが必要となってきます。イノベーションのビジョンを提供します。今後は自動運転車が普及する可能性があり、これまでの車と違った車が要請されます。イノベーションを起こすのはビジョンです。これが脱炭素ビジョンの価値です。現実には、脱炭素に向かうことは、今まで以上に難しく複雑なチャレンジです。

市民にとって、ビジネスにとって、地方公共団体にとって何を意味するのかしっかり議論する必要があります。自動車レーンを作る、公共交通を拡充することも考慮に入ります。車を持つ必要もありますが、その車は今とは違った車で、移動手段として別のルールに沿って使われるとかを検討する必要があります。こういった議論を市民とする必要があります。

国家レベルでも重要です。経済的にも、国の財政上からも異なったチャレンジの着想が必要です。どこに予算を付けるか、移行にあたっての各省庁の役割は何かといった議論が必要です。農業については、SNBCにも書かれています。食生活についても少し触れられています。具体的な議論は難しいですが、具体的なことが議論のベースを与えます。

甲斐沼: マクロン大統領は2018年11月に気候高等評議会(HCC)を設置されました。発足の経緯について教えて下さい。

Colombier: 私は2015年に設置された「エネルギー移行審議会」の座長をしていました。「エネルギー移行審議会」がHCCに発展しました。なぜHCCになったかというと、これは我々からの提案でした。エネルギー移行審議会は2015年の法律によって設置されましたが、問題は、エネルギーだけではないので、エネルギー以外のことも広く扱うようにHCCへと発展しました。

エネルギー移行審議会は2015年から2018年に活動しました。しかし、限界も感じていました。最初の限界は、我々には提案を実行に移す方法がないということです。専門審議会ではありますが、予算はありませんでした。なので、我々自身で評価して報告書を作成する必要がありました。しかしより深く評価する必要を感じていました。第2の限界ですが、我々の報告書は大臣に渡します。しかし、大臣は我々の報告書に関して、それを発表する責任さえありませんでした。勿論いくつかは発表されましたが、全部ではありませんでした。我々は我々の報告書を社会に発表したいと思っていましたが、報告するかどうかは環境省が決めることでした。

HCCはマクロン大統領によって2018年に設置されましたが、2019年春に政令で規定され、9月には法律で規定されました。

HCCでは変化がありました。まずHCCには予算があります。事務局もあります。UKのCCCの予算の4分の1程度ですが、必ずしもCCCと同等の活動を求められている訳ではないので機能しています。例えば、CCCは自らモデルやシナリオを開発していますが、我々にはその責任はありません。それは環境省の責任です。

二番目に重要なことは、HCCには独自のwebサイトがあるということです。報告書を作り自由に出版できます。勿論政府に報告しますが、それ以前に公表できます。

甲斐沼:  政府の対応も違うのですか?

Colombier: 三番目に重要なことは、政府はHCCの報告に対して対応する義務があることです。HCCのレポートは政府や議会で審議され回答が義務付けられています。

甲斐沼: 2019年6月に報告書を発表されましたが、どのように受け止められましたか。

Colombier: 昨年HCCが発表した報告書で取り上げている重要な要素に、変化の度合いがあります。京都議定書ではほんの少しの排出量の削減しか目標に書かれていませんでした。今回は脱炭素への移行です。

移行のためには国家の行動に一貫性がある必要があります。国家の政策は温暖化政策だけではありません。単に、炭素税や都市で電気自動車を義務付ける規制ではありません。すべての国家の政策に関係しています。国家の政策は財政と関連しています。農業や都市計画など、すべてにおいて、気候のことを考慮する必要があります。

HCCが昨年出した報告書では、すべての法律を通す前に、この法律が気候変動戦略のビジョンに合っているかどうかを問いかけることを提案しました。しかし、簡単ではありません。交通の例で説明します。

鉄道に投資するかどうかは、いくつかの観点から評価されます。気候変動、移動性、コスト、移動時間などの観点が必要です。法律ではこれらのことが十分評価されていないので、HCCの報告書では評価すべきとの提言をしています。

甲斐沼: モデルやシナリオの役割についてもう少し教えて頂けませんか。

Colombier: モデルでは炭素税を入れて検討することはできます。行政的な手段のいくつかをモデルに組み込むことはできます。しかし、ガバナンスを組み込むことは難しいです。我々はこれまでとは違ったタイプの重大な規制を必要としていることを認識する必要があります。ガバナンスをいかにモデルに組み込むかは課題です。

だれもが、ガバナンスの変化は移行への重要な機会だと知っています。しかし、我々はガバナンスでどれだけの炭素の量が議論できているのかの測定ができていません。このことを議論する必要がありますが、一方で、人々はある程度保守的であることも知る必要があります。

戦略は燃料だけの問題ではありません。将来、どのような車を使い、どのような列車を使い、どのような建物のイノベーションを採用するかを考えることが重要で、どのような法律にも組み込まれる必要があります。交通の移行が達成されるためには多くのガバナンスが必要だからです。単に、移動や費用を考えるだけでなく、気候を考慮したガバナンスが実行レベルで必要です。

HCCの報告書で書かれていることは、基準(Reference)は今ある国の状態ではなく、長期戦略に基づいたものであるということです。経済も含んで、モデルで比較検討する必要があります。

甲斐沼: 一般にモデル解析では、「基準シナリオ」とか、「なりゆきシナリオ」は対策が行われなかった場合の将来推計を示すのに使われますが、HCCのシナリオは脱炭素を実現するシナリオということでしょうか?

Colombier: 我々は基準から出発します。なりゆきと呼んでもよいです。対策ありとかなしとか、呼び方はなんでもよいです。すべてを基準と比較します。ここでの基準とは脱炭素戦略です。

人々がこの報告書を読んで、脱炭素戦略は完全には満足できるものではなく、欠けている点があるとか、欠けている情報があると考えるなら、この報告書を読んだ人たちがより良い報告書にすることを期待しています。

基準が国家戦略であれば、すべての人がもっと誠実で、もっと良いもの、もっと詳細で質の高い報告書を次回に作ることに興味を持つでしょう。

現在の報告書は十分ではありません。次世代への誘因です。HCCは5年ごとに戦略報告書を出します。法律も考慮に入れた国家戦略の基準と考えれば、もっと良いものができると思います。

基準を考えるということであれば、環境省が多方面に報告書についての議論を持ちかけるのは容易になるかと存じます。これはとても重要です。

フランスでは既にこのような議論をしてきました。どれだけ交通が必要か、どれだけそこから炭素が排出されるかをモデル化することだけではありません。我々はすでに多くの手法を開発してきました。脱炭素経路プロジェクト(DDPP)でも、ダッシュボード(必要最低限の指標をPCなどの画面上に整理して表示したもの。またはその技術)でも建築、交通などの対策を開発しました。しかし、個々の手法はあっても、どのようにガバナンスをモデルに組み込むかがまだできていません。

別の例は建物の建設への補助金に関する法律です。省エネビルを建設する場合に補助金を得ることができます。これは既に戦略に入っています。問題はどこに、どのようなビルをどこに作るかです。

これもモデル化することは難しいです。新しい建物がいくつできるかをモデル化することはできます。しかしその内容を検討することはできません。街の中に作るとか、農業用地に作るとかといった、社会の要望を組み込むことは難しいです。

甲斐沼: 他にはどのようなことが検討されているのでしょうか。

Colombier: HCCの提案は、すべての法律に気候変動対策を考慮した評価を入れることです。

甲斐沼: こうしたことを実行する場合の問題点は何でしょうか?

Colombier: 非常に多くの法律があり、すべての法律で気候変動のことを考慮するとなると、非常に大変です。政府はNGOsなどと協議し、気候変動への影響が大きくないと判断される法律では、気候変動への影響を考慮しなくても良いとします。法律の70%は気候変動への影響を考慮しなくて良いものです。この判断は環境省で行われています。インターネットにも掲載されています(フランス語での掲載とのこと。サイトは確認できていない)。

気候変動評価はグリーン予算行使と呼ばれています。国家の予算を炭素予算との関係から評価する方法が取られています。OECDの国の中でもフランスのこのグリーン予算化は進んでいます。脱炭素への移行を予算に組み入れることは重要と考えます。

甲斐沼: 炭素バジェットについて教えて下さい。

Colombier: 脱炭素は各分野に明確な指標となります。それぞれの部門でどうすべきかを政府が規定することは難しいですが、それぞれの分野でボトムアップで対策を検討する際には炭素バジェットが有効と考えます。

欧州レベルでも提案していますが、全部は採用されていません。

現在提案していることだけでは十分でありません。さらなる対策がいります。部門ごとの移行が必要となってきます。現在提案されているのは指標ですが、同時に必須でもあります。ここ2~3年はいろいろ試すことになるでしょう。5年後に戦略を再評価します。全体として、脱炭素戦略が必要です。

甲斐沼: 各部門で対策を推進する駆動力は何ですか?

Colombier: 脱炭素に進む必要があることは今や明白です。IPCC1.5℃報告書が出たからという訳ではありません。フランスでは、法律は2018年の9月に議論され、12月に提出されました。マクロン大統領は1.5℃報告書が出る前に脱炭素の政策的目標を決めていました。IPCC報告書が意味がないと言っている訳ではありません。

マクロン大統領が決めた理由には、パリ協定にサインしたことがあります。フランスはCOP21をホストし、パリ協定に責任があります。そして、フランスはパリ協定にはありませんでしたが、2050年での目標を作成しました。

目標年を2050年に設定すると、今から30年後です。30年は何かをするには非常に短いです。私の予想では、2050年までに脱炭素は実現できないでしょう。もし、今2050年に脱炭素に向かって準備すれば、2060年には実現できるでしょう。しかし、もし、今2050年に向けて脱炭素を準備しなかったら、今世紀の終わりになっても脱炭素は実現できないでしょう。ですから、とても決定的なことです。これらの議論において、IPCCの役割は非常に大きいです。1.5℃報告書の役割は非常に大きいです。

甲斐沼: 炭素バジェットに関して、産業界からの反対はなかったのですか。

Colombier: 産業界は全体として、炭素バジェットの設定に反対していません。

フランスではこれまでに随分エネルギーに関して討論してきました。2012年から2013年にかけても行いました。当時の産業界の意見は古典的なものでした。「GHG排出量を削減することは良いことです。しかし、フランス経済を考えると危険です。ドイツは何もしていません。日本も米国も何もしていません。なぜフランスがしなければならないのですか。」というものでした。論争を通じて、産業界も移行への出発点に立ったと思います。今は、移行の必要性について再議論していません。彼らは対策を見つけようとしています。移行の概念よりも、具体的なアイデアを議論しています。

甲斐沼: 他に重要な点はありますか。

Colombier: もっと早く対策を進める必要があることです。世界中で対策を進める必要があります。パリ協定だけ解決する問題ではありません。世界的な炭素価格があれば、先に進むことができます。

昨年我々は脱炭素についてのシナリオを作成しました。しかし、産業界はまだ、政策的な議論を認識する準備が出来たところと言ってよいかと思います。まだ、深い戦略ではありません。問題は、産業界が、我々が作ったビジョンを受け入れるということではありません。産業界自身が、これが現実で、これが産業界が必要としているものだと決めることです。かれらはまだ実行に異論を唱えていますが、アイデア自身には反対していません。

HCCは我々の脱炭素シナリオを産業界に一応提示しましたが、このシナリオが難しいなら独自のシナリオを提示して欲しいとお願いしました。そして彼らの提示するシナリオについて議論しました。

甲斐沼: 進捗状況についてはどうでしょうか。

Colombier: もしシナリオで、今後20年間何も変化がないとすれば、残りの10年間ですべてのことをする必要があります。ではどうやって。どの程度の投資をどこにするのか。基礎的資産はどうなっているのかを明確にする必要があります。

戦略があれば、我々はそこにいけます。今から始められます。今からGHG排出量の削減をすることが必要です。戦略を彼らに聞くことです。彼らに押し付けるのではなく。

我々には戦略があります。もしあなた方が我々の戦略が好きでないなら、あなたの戦略を示して下さい。我々を脱炭素に連れて行って下さい。と彼らに問いかけます。

これは非常に難しいです。でももし20年間何もしないなら、どうやって脱炭素を実現するのですか?彼らが、対策は20年先でいいというなら、排出量の削減期間が短いほど、なぜ脱炭素がより早く実現できるのか、教えて欲しいと聞きます。2050年の脱炭素はどこからともなく来るものではありません。

IPCCやその他の脱炭素シナリオがあるのに、なぜ脱炭素への変化が実際に起こらないのでしょうか?排出がゼロになった後に、どうやってマイナスの排出が実行できるのでしょうか。彼らは解を約束しなければいけません。

彼らにビジョンを押し付けてはいけません。彼らに聞くのです。あなた方の解を示して下さい。フランスではディベートから開始しました。我々には専門家がいます。科学者やシンクタンクの人たちとの会合を持ちました。

私はこのディベートのエネルギーミックスの部分に責任がありました。最初にしたのは、エネルギー産業の専門家を招聘することでした。もしあなた方があなた方のシナリオを提示するなら歓迎しますと言いました。

ダッシュボードに研究者、NGOsなどから提案されたシナリオを入れてシナリオ間の整合性をチェックしました。部門ごとに技術ごとに実現可能性などについて議論しました。ドイツのEnergiewende(ドイツのエネルギー転換政策)とも協力しています。

甲斐沼: シナリオにはどのような役割があるのでしょうか。

Colombier: ご存じのようにADEMEはシナリオの検討を行っています。ADEMEは100%再生可能エネルギーのシナリオを発表しています。経済評価も行っています。フランスでは財務省(Ministry of economy and finance?)もモデルを持っています。異なったモデルですが、これら異なったモデルの比較も重要です。

次に環境省を支援するため、ワークショップの開催に貢献しています。ワークショップでは、違ったタイプのモデル結果が議論されます。

甲斐沼: HCCが出来た時の反応はどうでしたか。

Colombier: 最も大変だったのは、HCCの創設を発表した時です。NGOsやマスコミなどから「また一つ審議会ができたのか」と批判されました。だからと言って、これまでの審議会に反対という意味ではありません。2015年にエネルギー移行審議会が出来た時も「有益ではない・・・。」などと批判されました。しかし、活動を通じて、政府にとって有用だと理解して頂けました。

我々は黄色いベスト運動とか、ストライキとか、いろいろな困難に直面しています。政府は独立した審議会が重要だと知っています。

 

気候市民会議について

石川雅紀(神戸大学名誉教授): Colombierさんは専門家として参加されていると聞いていますが、気候市民会議について教えて頂けませんか。

Colombier: 必ずしも専門家という訳ではありません。まず、黄色いベスト運動が始まった経緯から説明します。

黄色いベスト運動はガソリンの価格上昇が引き金になりましたが、給与の水準など他にも理由があります。重要なことは民主主義の制度です。民主主義における代表の問題です。誰を代表に選ぶとか、直接民主主義を行うのかといった問題も関係しています。

黄色いジャケットのグループの人たちと議論している時、今の民主主義政治をもっと市民の意見が直接伝わるような直接民主主義に変えたいという意見がありました。彼らはマクロン大統領と直接話すことを望みました。

我々の提案は、エネルギー移行に関する社会的問題点を話合うために、2019年から2020年にかけて市民会議を開催するというものでした。ですから、気候市民会議はNGOsと大統領府との話合いの結果です。

大統領府は既にCESEに新しい役割を持たす事を検討していました。CESEに市民会議の機能を持たす事です。この議論は黄色いベスト運動が始まる前から行われていました。歴史的にもCESEには市民の代表が参加しています。

私は、この最初の市民会議はCESEによって組織されるよう提案しました。NGOsは独立した審議会を希望しました。そこで独立のガバナンス委員会を立ち上げ、そこで具体的な事は決めるが、予算はCESEに付けられ、CESEが実行面を運用することになりました。CESEには会議場もあります。CESEは素晴らしい仕事をしています。市民への旅費の支払いを含め、様々な仕事をしています。決定はガバナンス委員会でしています。

ガバナンス委員会のメンバーについては、50%が政府から、具体的にはCESEから、50%がNGOsなどの市民から選ばれています。

マクロン大統領は委員会の座長にThierry Pechを推薦しましたが、NGOsはLaurence Tubianaを推薦し、共同議長となりました。

その後、メンバーが決まりました。私はガバナンス委員会のメンバーです。市民から私の専門性によって選ばれました。私は直接民主主義の専門家ではなく、気候変動の専門家です。勿論別途直接民主主義の専門家も選ばれています。

ガバナンス委員会のメンバーは必ずしも専門家のグループではありません。我々の役目は気候市民会議に直接情報をインプットすることではありません。我々の役割はプロセスを組織することです。

我々は2018年春から働いています。市民をどのように選ぶかは大きな問題です。150人の市民を専門性などを考えてどのようにして選ぶかです。選択は政治的にも技術的にもロバストである必要があります。代表性とは何かなど多くの検討が必要です。また、参加者に旅費を払ったり、労働保障をしたりする必要があります。ホテルとの交渉もあります。

メディアとの情報交換も必要です。最初の反応はいつも通り「また委員会がもう一つできた」というものでしたので、メディアに十分説明する必要がありました。

石川雅紀: 大きな事務局があるのですか?

Colombier: 事務局はCESEにあります。CESEには、この仕事を専門にする人がいなかったので、人を雇う必要がありました。5人はCESEの人で、ほとんどボランタリーです。我々はこの仕事でお金を貰っていません。我々の仕事は市民会議の中身を詰めることです。いくつのセッションが必要か、どのように市民に彼らの使命を伝えるか、彼らが何をすべきか、どのような情報が必要か、どのように情報を伝えるか、などです。

もし、市民を一つの部屋に集め、専門家があなたたちはこれを知らなければいけない、あれも知らなければいけないといったなら、2日目には、すべての市民は帰ってしまい、二度と来ないでしょう。なので、これはとても重要な仕事です。

しかし、最も重要なことは、3週間ごとにセッションがありますが、毎回のセッションをそれまでのセッションをベースに企画するということです。全てのセッションを最初から企画しているわけではありません。我々は市民が何を望んでいるかにについて責任があります。ということは、我々はとても忙しいということです。

最初のセッションについては、勿論我々で企画する必要がありました。そこで、我々はパネリストを選定しました。何が可能で、何が合理的で、何が必要か、と言ったことを話し合いました。市民からは次に誰に会いたいとか、何を議論したいかなどの要望が出てきました。我々は自分たちの要望を出すのではなく、彼らの要望に応える義務があります。しかし、これはとても難しいことでした。というのも、人によって違った要望が出てくるからです。

彼らは金曜日の午後にきて、日曜日の夕方帰ります。時間が限られているので、密なスケジュールになります。彼らはもっと多くの専門家に会うことを望みますが、時間の制約があるので、少し複雑です。

そこで、我々はルールを決めました。我々自身で決めたことです。ガバナンス委員会のメンバーは専門家として、このプロセスにかかわらないということです。ガバナンス委員会は中立である必要があります。専門家として意見を言うと偏る可能性があります。もし、私が市民の前に立ったなら、もっとアクションが必要な理由を言うと思います。なので、ルールとしては、我々は専門家として関わらないことになりました。

しかし、例外はあります。例外を認めて頂くにはその都度承認を得ます。例えば、Laurence Tubiana教授に国際的状況についての説明をお願いしたことです。誰もが彼女が適任として受諾しました。私も産業ワークショップで説明して欲しいと言われました。そして、皆さんの同意のもと説明しました。ただ、その後は専門家としての説明はしていません。

石川雅紀: Colombierさんは情報ガイドの20ページの冊子の作成には関わっておられないのですか。

Colombier: 情報冊子の作成には関わっていません。我々は市民会議に関する冊子は用意しました。その後、気候変動に関する問題は何か、フランスの立ち位置はどこなのかといった冊子を政府が用意しました。我々は政府にできるだけ中立の立場で冊子を用意するようお願いしました。冊子は政府が用意したものです。

石川雅紀: 情報共有のために、冊子以外にどのようなことを行っておられますか。

Colombier: 必要な情報はWebに載せています。また、非公開の社会ネットワークで、150人の市民の間で情報交換を行っています。ガバナンス委員会や専門家などの一部の関係者はこの社会ネットワークにアクセスできますが、基本は市民のためのネットワークです。彼らはセッションの合間にも情報交換をしています。

石川雅紀: 全体の構成はどうなっていますか。

Colombier: ガバナンス委員会、10名のモデレーター、専門家のグループなどで構成されています。専門家は、産業界とか地方自治体とか、いろいろな分野から来ています。いろいろな形で専門家の意見を聞きます。例えば、50人の専門家が一つの部屋にいて、いくつかのグループに分かれた市民が20分ずつ専門家の意見を順番に聞いていくということもしました。専門家の役割は、これは良い意見だとか、そうではないと言うものでは決してありません。市民が持っている質問に答え、彼らがアイデアを出すのを助けるようにすることです。一般的な発表もあります。150人の市民を5つのグループに分けました。

石川雅紀: 150人を30人数ずつの5つのグループにどのように分けたのですか。

Colombier: ランダムに分けました。最初のセッションではすべての市民がお互いを知る機会を設けました。なので、別のグループに友達ができたようです。他のグループとは休憩時間に話し合ったりしています。

石川雅紀: セッション3が終わった時点で既に90もの提案が出ていると聞いていますが、どのように処理されるのでしょか。

Colombier: 非常に難しい問題です。第3セッションの後、提案を検討するグループができました。しかし、市民が決めたことに関与するというのは、自由を制限することにつながるリスクがあります。一方でまとめる必要があります。

甲斐沼: 長期戦略と気候市民会議についてご説明頂き大変ありがとうございました。日本で市民をランダムに選んで気候変動対策についての提案を準備して頂く会議を開催するのは、まだまだハードルがあるかと存じますが、市民一人一人が自ら考えて行動に移していかなくては気候変動の問題は解決できないので、非常に参考になりました。今日は長時間ご対応頂きありがとうございました。

 

[1] 海外電力調査会の資料によると、マクロン大統領が「気候変動計画」を策定し、「2050年までにカーボン・ニュートラル」という目標を掲げたのは、2017年7月。

https://www.jepic.or.jp/data/w04frnc.html

(最終アクセス日: 2020年3月14日)

 

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