INTERVIEW

空いている土地は、理由があって空いている

山形与志樹 国立環境研究所(NIES) 地球環境研究センター 主席研究員
IPCC土地関係特別報告書(※1) 第6章レビュー・エディター(査読編集者)

甲斐沼: ネガティブエミッションは最終的にどのように評価されたのでしょうか?

山形: 私なりに簡単にまとめますと、パリ協定を実現するためには、植林をしたりバイオマスエネルギーを活用して地中に炭素を貯留したりして、CO2を大気中から吸収固定するネガティブエミッションを実施する必要があります。今後、温室効果ガス排出部門における削減対策をできるだけ早急に進めつつ、同時に、農業生産性を向上、食の低炭素化、土地劣化の防止を実現しない限り、食の安全保障に影響を与えずには、大規模な土地利用を前提とするネガティブエミッションの実現は簡単ではないことが明らかにされました。特に、大規模なバイオ燃料CO2回収貯留(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage: BECCS)を活用するネガティブエミッションの実施は、生態系サービスに大きな影響を与えることが予想されています。
余談になりますが、ネガティブエミッションに関する研究に関しては、私が代表を務めているグローバルカーボンプロジェクト(Global Carbon Project: GCP)つくば国際オフィスが中心になって国際的に共同研究を推進してきました。http://www.cger.nies.go.jp/gcp/magnet.html
このプロジェクトをスタートした7~8年前には、ネガティブエミッションという言葉はまだほとんど知られていませんでしたが、2℃目標の達成のためには、今後重要な研究課題になると考えて、国際応用システム分析研究所(IIASA)の研究員らとともに「地球規模のネガティブエミッション技術マネージメント」というプロジェクトを立ち上げました。

 

甲斐沼: では、ネガティブエミッションのアイディアは、その頃に出てきたのですか?

山形: そもそもの議論の発端は、20年前に「サイエンス」に気候変動リスク管理の観点から書いた論文にあります。https://science.sciencemag.org/content/294/5543/786b/tab-article-info
それまでにも、我々はずっと森林などの炭素吸収源による温暖化対策と京都議定書の関係などについて研究してきました。そこで、今後の長期的な低炭素化の国際合意の実現のために、この大規模な吸収をどのように実現することができるのか、あるいはできないのかをきちんと研究し、政治的な議論に科学的な知見を提供する必要があると考えました。
そのうち、この論文で概念を提案したBECCSが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)やCOPでも大きく取り上げられるようになりました。

 

甲斐沼: 共通社会経済経路(SSP; Shared Socioeconomic Pathways)のうち、どのSSPシナリオでも1.5℃に世界平均気温の上昇を抑えるためには、大量のバイオ燃料用の土地が必要とあります。このように大量のバイオ燃料用地の確保は可能なのでしょうか。

山形: IPCCの第5次評価報告書(AR5)が取りまとめられていた時点では、主要な統合評価モデル研究者らは、BECCSには2100年時点で世界の農地のおよそ4分の1が必要との計算結果を示しました。その後、4分の1よりも、もっと必要になるとの計算結果も出てきましたが、ネガティブエミッションの「ネガティブな」面、つまりBECCSが必要とする大規模な土地を巡って、持続可能性に与える影響の大きさが認識されつつあります。他方で、各種の温暖化対策を早急に実現すれば、BECCSは不要であるという研究者もいます。今回の特別報告書は、その点で、パリ協定の実現のためには、スケールは異なるものの、BECCSなどのネガティブエミッションは不可欠である、また、その実現可能性は農業や食の問題とも関係しており、今後それぞれの地域の現実的な土地利用状況を踏まえて、実現可能性をきちんと評価する必要があるという明確なメッセージが出されました。
IPCCでの議論のベースともなりましたが、より定量的なネガティブエミッションの技術とその評価については、私がレビュー・エディターとして一緒に連携をした第6章の調整役代表執筆者(CLA)のピート・スミス(Pete Smith)氏らと執筆した論文(※2)で、ネガティブエミッションの各種技術の影響を、土地、水、エネルギー、コストなどとの関係で総括的にまとめています。

 

甲斐沼: CO2直接回収技術(Direct Air Capture: DAC)はいかがでしょうか?

山形: 私は専門ではありませんが、DACには今後の技術開発と資金やエネルギーが必要であり、実現は現時点ではそう簡単ではないように思えます。CO2を煙突から吸収する技術開発は進んでいますが、大気中から回収する技術はかなり難しいのではないでしょうか。十数年後にはそのような技術ができているかもしれませんが、パリ協定の実現には、近い将来からのネガティブエミッションの実現が必要であり、その技術開発の実現を待っている時間はありません。BECCSやネガティブエミッションなしでパリ協定を実現するシナリオでは、来年あたりからグローバルな温室効果ガスの大幅削減を実現する必要があります。

 

甲斐沼: 温室効果ガスを来年から減らし始めないと、というのは、正直なかなか難しいのではと思います。1.5℃特別報告書の低エネルギー需要型シナリオ(CCS付きの化石燃料発電やBECCSを使わないで1.5℃の温度上昇にとどめるシナリオ)も、実際にはかなり厳しいとの意見があります。

山形: 大変に残念ですが、現実的にはそのような可能性は少なからずあり、これから2030年にかけてグローバルなGHG排出量が2℃シナリオをオーバーシュートしてしまう場合に、パリ協定を実現するためには、どのようなシナリオでネガティブエミッションを実現する必要があるか、あるいはそのようなことはすでにできないのかの検討が喫緊の研究課題です。
IPCC報告書から少しずれて、私達の研究の話になって恐縮ですが、2100年時点でバイオ燃料用にどのくらいの土地が必要となるか、私たちのチームでシナリオを作って評価した研究について紹介させて頂きます。この図に示したのは三つのBECCSに必要となる土地利用シナリオです。S1シナリオでは、バイオ燃料用の土地を増やさないで、灌漑を導入してバイオ燃料の収穫を上げるシナリオ、S2シナリオは食料用の土地をバイオ燃料用地に転換するシナリオ、S3シナリオは森林をバイオ燃料用地に転換するシナリオです。S1シナリオでは現在地上にある河川の流量では足りないことがわかりました。わかりやすく言いますと、川が干上がるか、食料が足りなくなるか、森がなくなるかのトレードオフが考えられるのですが、いずれにしてもあまり持続可能ではないことがわかります。

 

図: RCP2.6の経路に向けた、2100年のバイオ燃料作物栽培の土地利用シナリオ(※3)

 

甲斐沼: 川が干上がったり、森がなくなったりすれば、気候にも影響が出てくると思いますが、気候変動の影響は考えなくてもよいのでしょうか。

山形: 上記のシナリオを作成したときには気候変動を考慮に入れていなかったのですが、気候変動を考慮すると、より深刻な結果になると思います。
その場合、土地の生産性をより効率的にするか、或いは食料を変えるか、ということになります。食料の生産性を上げるには、水、機械化、肥料の投入が鍵となりますが、限界があります。そもそも生産力がないところに灌漑してもそうそう増産はできません。そうなると、食習慣を変えるという選択肢になりますが、では牛肉食をやめるかといわれると、それもなかなか難しいです。実際、BBCではこのレポートに対して、地球温暖化問題の解決には食習慣の修正が必要ではないかということで、ベジハンバーガーの大きな写真とともに記事を書いていました。

 

甲斐沼: BECCSにはどの程度現実性があるのでしょうか?

山形: BECCSの現実性はスケールに依存します。小規模のBECCSは現実的で世界中ですぐに実施可能です。しかし、現時点で想定されている3GtCの削減(ネガティブエミッション)に必要な大規模なBECCSになりますと、土地、水、生態系のいずれかの持続可能性を犠牲にしない限り実現は困難ということになるかと思います。また、バイオエネルギープラントについては、ススキやヤナギなどが知られています。生態系に影響があるかは、その土地がもともとどのような植生であったかにもよるので一概には言えませんが、土壌劣化は早まるので、休耕させるなどの工夫が必要です。

 

甲斐沼: また、土地の所有権を考えると、日本ですらいろいろと複雑なのに、途上国のように権利関係が複雑なところで、単に温暖化対策というキャッチフレーズだけで進めることは難しそうですね。

山形: 以前、「空いている土地などない、空いている(ように見える)土地は、理由があって空いているのだ」ということを指摘されて、はっとした経験があります。空いているように見える土地は、何らかの要因があって、そこに手が付けられないのです。日本のように休耕田があって、そこに生やせばよいというのはむしろ例外です。現実にできることは、思ったより少ないのです。
ところで、日本については、この「休耕田を活用する」というアイディアが、ひょっとして使えるのかもしれません。現在の日本の水田の3分の1が休耕田と言われていますが、ここにバイオ燃料を植える、というのは一つの考えです。すでにFITで休耕田に太陽光発電パネルをつけるエネルギーシェアリングが進みつつありますが、これをバイオ燃料にまで広げる可能性はあるのではないでしょうか。

 

甲斐沼: 日本では、エネルギーの92%を輸入に依存しており、また、食料自給率ではカロリーベースで63%を海外に依存しています。こうした状況に一石を投じることになりますね。

山形: その通りですね。ブラジルでは、エタノールを混ぜたガソリンを使っていますが、日本でもできるとよいと思います。例えば農村部を走る軽トラックが、地元産の燃料で走っているというのは、良いアイディアだと思いませんか? 休耕田を活用することは、日本の農村部を再び活性化することにつながるのではないかと思います。日本での持続可能なバイオマス利用、地域食の見直しなどについても、地域に根ざした研究を、本腰をいれて検討していく時期にきているものと考えています。
SATOYAMAイニシアティブや、地域循環共生圏のコンセプトにも親和性がありますので、今後、国立環境研究所(NIES)とIGESとの間で連携して研究を進めていくことができればと思います。

 

甲斐沼: 本日は貴重なお時間をありがとうございます。そろそろラップアップをしたいと思いますが、最後にこれだけは強調したい、という点をご教示ください。

山形: ありがとうございます。まず、平均気温で2℃くらいの温度上昇であれば、全世界的に見れば、気温とCO2濃度の上昇によって、作物の生産性が上がる場合もあるものと考えられますが、これが3℃の温度上昇となってしまうと、土壌からのCO2放出の方が急速に増えて自然生態系は炭素吸収源ではなくなってしまい、いわゆるポジティブフィードバックによって、さらに温暖化が加速するリスクが指摘されています。実際、最近のシベリアやブラジルでの大規模な森林火災を見ますと、このようなリスクはもっと早くに来るのかもしれません。私たちに残された温暖化対策に取り組むための時間はあまりないといえます。
持続可能性を重視した社会的・技術低開発を高度に進める社会(SSP1)のもとでRCP1.9の経路(※4)が可能となるにはどのような対策や手段がとれるのかを早急に考え、できることはすべてやることが重要というメッセージになるかと思います。
温暖化の影響は実際に顕れていますが、対策が急務であるとは言うものの、実際、BECCSなどのネガティブエミッションは急にはできませんし、また、土地利用の制約を考えると大規模にはできません。できればBECCS無しが望ましいのですが、現実的にオーバーシュートしてしまう可能性も高まりつつあります。そうなると、如何にすればBECCSを持続可能に実施できるか、ということになります。先ほども申し上げたとおり「空いている土地は、理由があって空いている」ので、もしBECCSをやるのであれば、途上国に過度な期待をするのではなく、まず先進国が範を示すべきかと思います。
実際、ヨーロッパでは、今後はその将来の必要性の大きさから考えて、ネガティブエミッションが一つの産業になりうることが意識されつつあることを日本の企業の方にも指摘したいと思います。現に、昨年スウェーデンがネガティブエミッション産業の関係者とともに第一回の国際会議を開催しています。
また特に、日本の休耕田活用のアイディアは、エネルギーや食料の自給率向上にもつながり、また、農村部の再活性化にもつながる潜在的な可能性を秘めています。まず日本が、できることを自らやる、という姿勢を見せていくことが大切ではないかと思います。

 

甲斐沼: 本日はありがとうございました。

インタビュー実施日:2019年9月17日/場所:国立環境研究所

 

 

※1 正式名称は「気候変動と土地: 気候変動、砂漠化、土地の劣化、持続可能な土地管理、食料安全保障及び陸域生態系における温室効果ガスフラックスに関するIPCC特別報告書」
※2  Pete Smith et al. (2015): Biophysical and economic limits to negative CO2 emissions
※3  Yoshiki Yamagata et al. (2018): Estimating water-food-ecosystem trade-offs for the global negative emission scenario (IPCC-RCP2.6)
※4 1.5℃の気温上昇に相当する経路

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