INTERVIEW

敗者を出さないことが重要

Kejun Jiang 1.5℃特別報告書 第2章統括執筆責任者/調整役代表執筆者
インタビュー実施日:2018年11月5日/場所:国立環境研究所

甲斐沼: 1.5℃特別報告書で伝えたいメッセージをお聞かせ下さい。

Jiang: 1.5℃と2℃の場合の影響の差は大きいということです。2℃目標で十分ではないか、とよく聞かれますが、影響の差が大きいことが、1.5℃を目指さなければならない理由です。1.5℃を目指す場合、チャレンジも大きくなります。1.5℃特別報告書によると、2050年までに温室効果ガスの正味排出量をゼロにしなければなりません。今は2018年で、2050年までにあと32年しかありません。世界全体のエネルギーシステムの非常に速い変革が必要です。これが、我々が直面しているチャレンジです。
1.5℃特別報告書の執筆に加わるまでは、1.5℃に温暖化を抑えるのは無理だと思っていました。しかし、中国の将来の削減を検討するモデルを動かしてみて、また、本特別報告書を読んでみて、まだ1.5℃に温暖化を抑える可能性が残っていることに気が付きました。希望はあります。今、人類はより良い未来を実現していくのに十分な知見を持ち合わせています。もちろん、1.5℃の世界がそれ自体で十分良い世界だとは言えませんが、2℃の世界と比べれば多くの点で改善されます。1.5℃に抑えることは、現世代の我々が負う一つの責務ではないかと思います。
共に行動することが必要です。多くの中国人に「COP24で何が起るのか」と聞かれます。COP24は1.5℃に向けた最初のステップだと思います。COP24で1.5℃目標に関する提言があると信じています。良いニュースは、UNEPのGAPレポートも指摘しているとおり、まだ1.5℃を実現することが可能だということです。この機会を逃してはいけません。世界中で、協働を早急に実現していくことが重要です。

 

甲斐沼: 1.5℃特別報告書に書き込めなかったことはありますか?また、AR6や今後の研究が待たれるトピックについて教えてください。

Jiang: 1.5℃特別報告書の執筆には、時間が十分にありませんでした。随分努力し、既存のもので含めるべきものはできるだけ網羅したつもりですが、まだまだ科学的研究が必要です。費用のことも書かれていますが、もっと掘り下げた分析が必要です。
敗者を出さないことが重要です。誰もが影響を被らない形で変革をデザインする必要があります。これは可能です。例えば、1.5℃を実現しようとすると、石炭産業に影響があります。石炭火力発電所が2050年までになくなるとすれば、今中国の350万人の炭鉱労働者が仕事を失います。政府が職を失った人に、一人当り20万元(約3万米ドル)を補償するという政策も検討されています。これだけあれば、中国で5年は生活できます。政府の考えは、その間に、できれば2~3年で生活を立て直して欲しいということです。新しい仕事を得るための職業訓練も政策の中に入っています。2050年に向けて、敗者を出さない、そのような1.5℃のシナリオを書くことが必要です。それには全員が協力することが必要です。

 

甲斐沼: 中国は1.5℃に向けた対策を考えていますか?

Jiang: まだです。目標によって必要な技術は違ってきます。2050年までに排出量をゼロにするには、全く新しい技術が必要です。革新的技術への投資が必要です。一方、NDCであれば現在の技術の効率改善や普及で達成可能です。勿論、技術開発は必要ですが、全く新しい技術やCCSはなくても良いかも知れません。
1.5℃を実現するためのマーケットと2℃の場合のマーケットとは違います。1.5℃を世界が目指せば、1.5℃の技術に対してマーケットができるので、新たなビジネスの機会にもなります。政府が明確な方針を出すことが重要です。

 

甲斐沼: リープフロッグについてはどうですか?

Jiang: 中国でこれだけ太陽光発電が大きく伸びているのは、中国が自国で太陽光パネルを作っているからです。他の途上国において、現時点で低炭素技術や製品を購入していますが、自前で安く調達できるようになれば、リープフロッグの可能性はより高くなると思います。
太陽光発電や風力発電は今安くなっています。すぐに石炭火力よりも安くなると見込まれます。太陽光発電が廉価になれば、例えばインドネシアなどでは、今後石炭ではなくて太陽光発電を選択するということもあると思います。蓄電池も良くなっています。電動自動車だけでなく、電動バスや電動トラックも普及し始めています。電気自動車へのシフトは温暖化対策というより大気汚染対策からきています。

 

甲斐沼: 産業界の対応は進んでいますか?

Jiang: 化石燃料を使う企業を特定のゾーンに集めることが検討されています。企業を集めることによって、小型ボイラーから大型ボイラーへの転換も可能となります。大型ボイラーだと効率も良くなりますし、CCSも選択肢に入ります。これは大気汚染対策の一環としても考えられています。鉄鋼やセメントの生産工程ではCCSの導入が、石油化学やその他の産業では電気への転換が進むのではないかと予想されます。

 

甲斐沼: タラノア対話についてはどのようなことが期待されますか?

Jiang: 研究者を含む様々なステークホルダーが同じテーブルで話すというのはとても良いことだと思います。

 

甲斐沼: 中国の政府以外の人々の温暖化への関心は高いですか?

Jiang: 中国政府はまだ1.5℃目標の検討を行っていません。そこで我々やNGOの活動が重要になってきます。1.5℃に温暖化を抑える必要性をいろいろな場所で説いています。また、出版もしています。中国政府が正式に1.5℃の戦略を取り上げるように活動しています。

 

甲斐沼: 中国の現状の対策目標はどうなっていますか?

Jiang: 中国は、コペンハーゲン合意で、CO2排出原単位を2005年比で、40から45%削減すると約束しましたが、既に達成しています。セメント業界などは50%以上の削減を達成しています。
中国のNDCは2030年までに、CO2排出原単位を2005年比で60から65%削減するというものです。我々はもっと削減する機会があると思っています。モデル試算では70%程度まで行けるのではないかと推計されます。
1.5℃を達成しようとすると、今すぐ排出量の削減を始めなくてはいけません。重要なことは皆が気候政策を話題にするようになることです。実のところ、中国における温暖化政策のほとんどが、大気汚染政策やエネルギー関連の政策からきています。結果的にこれらの政策はCO2削減と深く関連しているのです。エネルギー政策では、石炭発電を減らして、再生可能エネルギーや原子力発電を増やそうとしています。将来は再生可能エネルギーに関する政策を減らそうとしています。今は、太陽光や風力発電に補助金を与えていますが、価格が下がれば補助金の必要がなくなります。

 

甲斐沼: 低炭素ビジネスを活性化する方法はありませんか?

Jiang: ラベリングが有効です。商品にCO2排出量が書かれていて、消費者がCO2排出量の少ない商品を選ぶようになると、CO2排出量の少ない商品のマーケットが拡大します。
例えば、中国では、政府関係機関がホテルを使う時に参照するホテルリストがあります。今は、ホテルを選ぶ際の基準は金額やサービスですが、こうしたリストにCO2をどれだけ出しているかを情報として掲載し、これが重要な選択基準になれば良いと思います。そうすれば、ビジネスの在り方も変わってくると思います。

 

甲斐沼: 今日はお忙しいところありがとうございました。

 

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