INTERVIEW

意欲的(野心的)な気候目標の達成はまだ可能、だが不断の努力が必要

Henri Waisman 1.5℃特別報告書 第5章統括執筆責任者/調整役代表執筆者
インタビュー実施日:2018年10月18日/場所: AgroParistech (16, Rue Claude Bernard) (フランス・パリ)

甲斐沼: 最初に、1.5℃特別報告書の主要メッセージについて、また、1.5℃特別報告書がどのような意義を持っているかお考えをお聞かせいただけますか。

Waisman: 1.5℃特別報告書は、政府(governments)が明示的にIPCCに依頼した初めての報告書という点で、歴史的にとてもユニークなものであると思います。つまり、この報告書は、IPCCの活動が政策プロセスに情報を提供することについて、すでに強い正当性を示しているものといえます。
科学的な観点からも、この報告書はユニークなものです。というのも、この報告書の作成が招請された時点で、1.5℃特別報告書が取り扱うことになる問いや課題に応える文献は僅かしかありませんでした。IPCCが1.5℃特別報告書の作成を決めたことが十分なインセンティブとなって、この喫緊の課題に関する文献が大変なスピード感をもって作成されることになりました。
重要なことは、この特別報告書が、3つの作業部会の初めての横断的な報告書であることです。これは、この特別報告書が取り扱う課題がそれぞれ相互に関連していて、また分野に跨った(学際的な)検討が必要であることを示しています。
また、気候変動の文脈で、持続可能な開発に重要な役割が与えられたことも初めてのことです。1.5℃特別報告書のタイトルや、この特別報告書の最終章の中核をなすメッセージとして、持続可能な開発がハイライトされています。

私が特別報告書から特にお伝えしたい重要なメッセージは、意欲的な気候目標の達成はまだ可能であるということです。但し、目標の達成には、短期的なものから長期的なものまで、不断の行動が不可欠です。
また、例えば、大規模に導入された場合に食糧生産に深刻な影響を与えるであろう二酸化炭素除去(CDR)など、社会的・環境的にネガティブな影響を与える可能性のある手段に頼らずとも、地球温暖化に対処する機会の窓を開き続けておくには、力強い行動が不可欠です。もうひとつ強力なメッセージは、気候変動に関する議論を、決して止めてはならないということです。ある時点でいくつかの目標を達成できなかったとしても、実際の状況を考慮して最良の目標を達成するために引き続き行動することが常に重要です。なぜなら、気候変動の影響はすでに現れているからです。
最後に重要なことは、気候変動が根本的に私たち皆の問題であるということです。気候変動を抑制することができれば、人々のニーズをよりよく満たすことができ、特に、最も脆弱な人々を守ることができます。つまりこれは根本的に公平性の問題なのです。意欲的な気候変動行動がなければ、そこに公平性が生じるはずはなく、また、公平性がなければ、気候変動はどんどん進捗してしまうと考えられます。

 

甲斐沼: タラノア対話や多様な主体による取り組みをどう考えていらっしゃいますか?

Waisman: タラノア対話への特別報告書のメッセージは明確です。すべての主体、とりわけ政府は、2020年までに野心度を高めていかねばなりません。これこそが、持続可能な開発目標(SDGs)の達成と、気候変動対応との双方を満たす条件となります。逆にもし、我々が行動を遅らせると、幾つかのSDGsと気候変動対応との間に深刻なトレードオフが生じることになり、重要な損失が生じてしまいます。
もうひとつ重要なメッセージとして、地球温暖化を1.5℃に抑えるために、中央・地方政府、市民社会、民間部門、先住民族、地域社会など、あらゆる主体の能力を強化し、こうした主体による意欲的な気候行動を促進していくことがあります。
また、国際協力を進めていくことも重要です。国際協力によって、すべての国、すべての人々が意欲的な気候目標を達成する環境を提供することができます。また、特に途上国や脆弱な地域にとって、国際協力は重要な推進力となります。

 

甲斐沼: 次に、この特別報告書がどのようにして政策にインパクトを与えうるのか、お考えをお聞かせいただけますか?

Waisman: 特別報告書の第5章は、持続可能な開発を出発点としています。持続可能な開発を検討していくことが、意欲的な気候変動緩和・適応の取り組みの支援につながり、また、異なる目標間に多くの相乗効果があるとしています。しかし、それぞれの国の置かれている状況や、それぞれの国が採っている政策パッケージにもよりますが、トレードオフが存在する可能性もあります。この章では、相乗効果を最大限にするために、それぞれの地域が有する所与の文脈と、そこに暮らす人々の生活を慎重に検討する必要があるとしています。この課題に対する解決策はひとつではなく、また、万能の解は存在せず、それぞれの置かれている状況に即して、解決策に向けた対応を柔軟に検討していく必要があるとしています。
特別報告書の第5章はまた、SDGsの達成に向けて妥協することなく、大きな変革を実施するためには、各国は適切な(政策)環境を整備することが重要としています。その際には、国内および国際的な公平性について検討することが重要だと述べています。十分な協力が不可欠であることは勿論ですが、協力は先進国から発展途上国への基本的な(技術)移転にとどまらず、地球規模の交流と気候行動の調整とがより広範に進められるべきと考えます。
SPM4の図では、様々なケースで、1.5℃の気温上昇にとどめた場合の選択肢が、SDGsの達成と相乗効果があることを示しています。他方、相乗効果もあればトレードオフもあり、より俯瞰的視点をもったアプローチが検討されるべきと思います。我々は、体系的な相互作用が機能するように、より思慮深く戦略を策定すべきです。また、すべての国が、持続可能な開発と、気候変動緩和と適応への対応を含む長期戦略を策定すべきです。その際には、いつまでに何をすべきかを、体系的にかつ期限を明示して示すべきだと考えます。

 

甲斐沼: 最後に、フランスでどのような検討が進んでいるのかお聞かせいただけますか。

Waisman: フランスは現在、国家低炭素戦略の改訂版を作成中です。2015年に提出された版では、2050年までに(1990年比で)75パーセントの排出削減を目標としています。2019年半ばまでに提出される次の版では、2050年までに炭素中立に達するための複数の選択肢を検討する予定です。
主要な課題として、住居用建物の改築、交通需要の抑制、原子力エネルギーの今後についての検討が挙げられます。原子力については、現在、フランスの総発電電力量に占める原子力の比率は75パーセント以上ですが、設備の老朽化が課題となっています。また、大規模水力発電以外の再生可能エネルギーの普及、農業関連排出の取り扱いなども課題です。

 

甲斐沼: ありがとうございました。

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