INTERVIEWインタビュー
既存の技術・ビジネスモデルの先を行く革新こそが不可欠
Joyashree Roy 1.5℃特別報告書 第5章統括執筆責任者/調整役代表執筆者
インタビュー実施日:2018年12月5日/場所:COP24会場(ポーランド・カトウィツェ)
甲斐沼: 今回はインタビューのお時間をいただき、ありがとうございました。早速ですが、1.5℃特別報告書の主要メッセージについて、また、1.5℃特別報告書がどのような意義を持っているかお考えをお聞かせいただけますか。
Roy: 3つ挙げるとすれば、第一に、科学的に温暖化を1.5℃に抑えることは不可能ではないこと、第二に、化石燃料を使っている産業はできるだけ速やかにCO2を出さないようにするか閉鎖する必要があり、他方、経済への影響を考えると新しい雇用をしっかり作っていく必要があること、第三に、温暖化を1.5℃に抑えることと、持続可能な開発目標(SDGs)などの他の世界の目標を同時に達成することは可能であると言うことです。
甲斐沼: おっしゃるとおり、雇用について配慮していく必要がありますね。最近中国のJiangKejun博士(特別報告書第2章統括執筆責任者/調整役代表執筆者)がおっしゃることには、再生可能エネルギーが浸透するのは間違いなく、もはや政策で後押ししなくても良くなってきた。一方で、中国政府が今力を入れているのは、如何にして現在350万人いる炭鉱労働者に新しい働き口を見つけるか、ということだそうです。
1.5℃特別報告書がインド国内でどのように捉えられているのかお聞かせ下さい。
Roy: インド政府の高官に1.5℃特別報告書の説明をしたところ、今後のエネルギー政策を進める上でどの部門を強化すればよいのか参考になるので、貴重なガイドラインであるとのことでした。1.5℃特別報告書は、COP24の交渉においても有効に使用されると思います。
甲斐沼: 各国の削減目標をより野心的にすることはできるでしょうか?そのためには何が必要と思われますか?
Roy: まず研究開発が不可欠です。
甲斐沼: 国際協力についてはどうでしょうか?
Roy: すべての緩和対策が実行されなければ温暖化を1.5℃に抑えることができないので、国際協力は重要な意味を持ちます。特に二酸化炭素回収・貯留(CCS)は主要な対策オプションなので、CCSの技術協力は必要になってきます。5年後か10年後には稼働する技術となっている必要があります。ただ単に先進国から途上国に技術や資金を移転するというだけでなく、今後は研究部門での協力や協働が必要になってきます。資金についても先進国と途上国が共同出資することも視野に入ってきています。
インドは南アジアに位置しています。バングラデシュ、ブータン、ネパールとエネルギーについて協力しています。また、ASEAN各国ともエネルギー効率、再生可能エネルギー、エネルギー安全保障などの研究開発・普及について協力しています。
甲斐沼: タラノア対話についてお聞かせ下さい。
Roy: タラノア対話はあらゆる主体が参加して気候変動対策に関する取組意欲の向上を目指すアプローチの一つです。産業界も生産工程でのCO2排出量正味ゼロに向けて動き出しています。鉄鋼生産では、スウェーデンが水素還元製鉄プラントを建設しています。エネルギーに関するソリューションとしては、現在のところ太陽光発電、風力発電や節電が注目されていますが、水素利用や地熱発電などの新しい技術を政府がもっと進めるべきで、こうした新しい技術を促進していこうとする政府の方針が、ゲーム・チェンジャーとなり得ます。生産工程でCO2削減が進めば、CCSに頼らなくても良くなります。運輸セクターでの包括的な対策など、需要サイドでの変革が重要となってきているので、関係主体による横のつながりを重視した対話が必要です。変革を進めていくには、小人数からのグループで知恵を集めて、ボトムアップで進めていくことも重要です。
甲斐沼: 日本でも水素還元製鉄生産に関する研究が進んでいます。水素社会の実現を目指した世界の「水素閣僚会議」も今年始まりました。国際応用システム分析研究所(IIASA)では以前から水素社会を提案していますね。
Roy: IIASAが出版したGlobalEnergyAssessmentにも載っています。今後は、太陽光発電や風力発電、節電に加えて、より革新的な技術の開発が重要になってきます。
甲斐沼: 技術開発や普及には資金が必要ですが、新技術に対する投資は進んでいますか?
Roy: 難しいですが、進んでいます。
甲斐沼: 持続可能な開発目標(SDGs)との関連はどうなっていますか?再生可能エネルギーは、まだ石炭火力よりは高いです。SDGsの目標には、貧困撲滅やエネルギーへのアクセスがあります。高いエネルギーを導入して、貧困撲滅やエネルギーへのアクセスに影響しませんか?
Roy: エネルギー需要部門における政策が重要です。すべての部門が関与しているので、新しい技術の普及によって経済全体が活性化します。エネルギー需要部門に投資することにより、エネルギーアクセスも向上します。
甲斐沼: インドでの取組状況はどうでしょうか?
Roy: 今のところ、インドでは化石燃料の消費が減少する気配はありません。今でも新しい石炭火力発電所が建設されています。石炭火力発電所を続けるなら、今すぐCCSの導入を検討する必要があります。再生可能エネルギーの価格が下がったといっても、インドには多くの新しいエネルギー需要が発生しているので、再生可能エネルギーだけで賄うことはできそうにありません。
甲斐沼: CCSはどうですか?
Roy: 火力発電所を新設するなら、CCSは必要です。今すぐにでもデモンストレーション・プロジェクトが必要ですが、インドではまだ始まっていません。
甲斐沼: 石炭火力が続くということですか?
Roy: 今のところ政府は安いエネルギーソースに向いているので、すぐに石炭火力発電所がなくなることはないと考えます。高効率ではありますが、現在も火力発電所が建設されています。勿論、インドのエネルギー需要は増えているので、再生可能エネルギー、原子力、水力なども増えていますが、インドのエネルギー予測に関するどのレポートでも、2050年には、まだ石炭火力が残るとしています。
ベトナム、バングラデシュ、ミャンマーなどでも安価なエネルギーとして火力発電所が新設されています。バングラデシュでは新たな炭鉱も開発されています。南アジアでも、(水力が主体で火力がない)ブータンやネパールは特殊なケースであるといえます。
甲斐沼: 炭素税などの政策は検討されていませんか?
Roy: 炭素税がないシナリオでは、石炭火力が続きます。インド政府は再生可能エネルギーに補助金をあてて普及を図っています。インドには、炭素税に似たシステムとしてCleanEnergyCessという課税システムがあります。2010年に汚染者負担原則(PPP)のもとに大気汚染対策として導入されました。2016年から2017年にかけては石炭1トン当り400ルピー(約6ドル)徴取しています。(参考:2016年から2017年にかけてのCleanEnergyCessの税収は26,117カロール(1カロール=1000万ルピー)、(約40億ドル))その税収を再生可能エネルギーへの補助金や水や森林管理に使っています。石炭価格は上がっており、再生可能エネルギーの価格は下がっているので、再生可能エネルギーの生産が増える可能性はあります。また、インドの地方では、再生可能エネルギーが重要なエネルギー源となっています。
甲斐沼: 産業界の動きはどうですか?
Roy: 鉄鋼業界の動きは残念ながら鈍いですが、セメント業界は前進しています。新技術を使ったCO2排出削減や石炭火力発電所から出たフライ・アッシュの利用などが進んでいます。インド政府は石炭火力からのフライ・アッシュを30%混合するよう指導しています。他方、フライ・アッシュは石炭火力発電の産物なので、今後は新技術への移行をもっと推進する必要があります。
甲斐沼: 今後のIPCCの報告書について期待することはありますか?
Roy: 1.5℃特別報告書は世界全体の影響をレビューしているので、地域の影響については詳しくありません。インド政府は農業への影響について関心を持っています。第6次評価報告書で、より地域に詳しい影響がレビューされることを期待しています。
IPCC第5次評価報告書作成の際に、日本の経済産業省が音頭をとって、国際ワークショップを開催しました。産業界の知見を集める良い機会でしたので、今後もこのようなワークショップが開催されることを期待したいと思います。
甲斐沼: 革新的な技術の開発・普及を期待しています。今日はお忙しいところありがとうございました。