INTERVIEW

1.5℃に気温上昇を抑えるためには、この10年が正念場(※1)

Jim Skea 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第三作業部会共同議長
インタビュー実施日:2018年10月17日/場所:インペリアル・カレッジ (英国・ロンドン)

甲斐沼: 2018年10月、「気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5°Cの地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書(※2)(以下、1.5℃特別報告書)」政策決定者向け要約(SPM)が承認されました。まず、1.5℃特別報告書の意義についてお考えをお聞かせいただけますか。

Skea: 1.5℃特別報告書の意義は三つあります。まず、1.5℃特別報告書は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が今までに出した報告書の中でも、最もインパクトのあるもののひとつだと考えています。2015年12月、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)がIPCCに対し、2018年に1.5℃特別報告書を提供することを招請しました。1.5℃特別報告書は、2018年12月にポーランド・カトヴィツェで行われる国連気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)の閣僚級タラノア対話の中で紹介されることになっています。
また、1.5℃特別報告書の作成にあたり、IPCCの第一作業部会(自然科学的根拠)、第二作業部会(影響・適応・脆弱性)、第三作業部会(緩和策)が一緒になって作成したことに大きな意義があったと考えています。さらに、2015年12月に1.5℃特別報告書が企画された段階では、1.5℃の気温上昇についての研究論文は殆どありませんでした。他方、この間に統合評価モデルを含む様々な論文が発表され、研究が大きく進捗したことがあげられます。結果として、1.5℃の気温上昇と2℃の気温上昇では大きな違いがある、というメッセージを出すことができました。
また、統合評価モデルを用いて、この10年~15年のうちに対策を打つ必要があること、言い換えれば、この10年~15年のうちに対策を打たないと2050年にはネットゼロにならないと示したことに大きな意義があると思っています。これは、IPCCの第6次評価報告書にも繋がるメッセージです。

 

甲斐沼: まさに、この10年が正念場ということですね。

Skea: その通りです。

 

甲斐沼: 統合評価モデルによれば、1.5℃に気温上昇を抑えるためには、2050年までにCO2排出量をほぼゼロにしなくてはなりません。これは容易なことではありません。この1.5℃特別報告書では、「システム・トランジション」が必要だとしています。「トランジション」を進めていくためにはどのような政策が必要だと思われますか?

Skea: ありとあらゆる効果的な政策が必要です。セクターごとに有効な政策をデザインして適用していくべきだと思います。規制や情報も必要です。また、政策や制度が安定していることが重要で、安定した環境のもとで企業が安心して低炭素投資を進めていけるような政策がとられるべきです。

 

甲斐沼: 日本は現在、2050年に温室効果ガスを1990年比で80パーセント削減するとの目標を掲げています。1.5℃特別報告書では、削減目標を、2050年にネットゼロ、二酸化炭素のみではマイナスとしています。80パーセント削減とネットゼロとの隔たりを埋めるのは容易なことではないと思いますが、何か方策はありますか?

Skea: バイオマスCCSの導入が、ある程度検討に入ってくると考えます。但し、バイオマスCCSは新しい分野なので、まずはそれ以外のありとあらゆる手段をより意欲的に、また迅速に打っていくべきです。

 

甲斐沼: 太陽放射管理(太陽入射光を減らすことで地球の温度を低下させる手法)についてどのようにお考えでしょうか?

Skea: 太陽放射管理について書かれた論文を見ると、ほとんど全ての論文は仮説であって理論ではありません。また、人類にとって太陽放射管理は未体験の分野です。加えて、倫理的・法的な論点も指摘されています。例えば、ある国がこれを適用して、何かの拍子にこれが国境を越えて広域に影響を及ぼした場合にどう対処するのかも論点のひとつです。

 

甲斐沼: 「トランジション」について、個々人の行動変容も重要だと思います。これも、頭で重要性を分かっていても、いざ実施するとなると難しいチャレンジですが、いかが思われますか?

Skea: 1.5℃特別報告書でも行動変容が重要であるとしています。他方、ではどうすればよいか、具体的な処方箋は書かれていません。これは1.5℃特別報告書で十分に書ききれなかったところで、今後第6次統合報告書にて検討を進めていくべき点であるといえます。また、今までIPCCは自然科学の視点が強かったのですが、今後は社会科学的な要素をもっと含めていくべきだと考えます。

 

甲斐沼: 英国では1.5℃の気温上昇の社会について、検討を進めているのでしょうか。

Skea: まだです。英国がUNFCCCに提出した長期目標は、2℃目標に整合したものです。一方で、今年4月、英国気候変動委員会(CCC)は英国政府から、1.5℃特別報告書が公開されたタイミングでアドバイスが欲しいとの依頼を受けていました。いまここに示した文書(英国政府がCCCに宛てて、1.5℃報告書に合致した遷移パスの検討を依頼したレター(※3))は、こうした背景により、1.5℃報告書の公開後に発出されたものです。

 

甲斐沼: 英国での原子力発電の現状はいかがでしょうか?現在原子力発電のコストが上がってきており、必ずしも価格競争力がある状況ではなくなってきていると思いますが。

Skea: 英国で新設される原発は、EDF(電力会社)と英国政府との間で、1メガワットあたり90ポンドという価格の設定がなされました。他方で洋上風力発電のオークション価格は、1メガワットあたり60ポンドと、原子力発電のほうが50パーセントも高い価格となっています。今後ゼロカーボン・低炭素社会の実現にあたり、再生可能エネルギーへのシフトは不可避です。

 

甲斐沼: 最近日本でも、地域電力の重要性が認識され始めて、再生可能エネルギーのシェアが増えてきています。

Skea: 原子力発電と再生可能エネルギーの価格差が縮まってきて、再生可能エネルギーが十分競争力があるということになってくると、いかに電力を安定供給するかが次の課題となってきます。脱炭素・低炭素社会の実現に向けて、これをどう克服するかが課題です。

 

甲斐沼: 価格といえば、日本では2016年4月から電力小売の自由化が始まりましたが、イギリスではどうでしょうか?

Skea: 英国では1990年代に電力自由化が始まりました。

 

甲斐沼: 1990年代!30年前ですね。最後に、英国では今後どのような研究が重要となってくるか、または課題になってくるか、お考えをお聞かせ下さい。

Skea: 住宅部門のエネルギー効率改善、交通分野での対策が急務です。また、土地利用が重要になると考えています。

 

甲斐沼: ありがとうございました。

 

※1 本インタビューは、環境省「平成30年度国際低炭素社会推進研究調査等委託業務」の一業務として実施した。
※2 平成30年10月環境省報道発表資料(https://www.env.go.jp/press/106052.html)による。
※3 スコットランド政府、英国政府、ウェールズ政府から、気候変動委員会(CCC)のRtHon.LordDeben委員長に宛てられた文書(2018年10月15日付)は、SR1.5を受けて、CCCが2016年10月に提出した「パリ協定を受けた英国の気候行動に関するレポート」を更新するように要請している。この中で、英国が2℃(を下回る)目標、及び1.5℃目標を達成できるか、また、その場合の主要産業に与えうる影響と対策のコストを検討するよう要請している。

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