INTERVIEW

世界の連携を強化することが重要

P.R. Shukla 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第三作業部会共同議長
インタビュー実施日:2019年1月13日/場所:インド・アーメダバード

甲斐沼: 本日はお忙しいなかお時間を頂きましてありがとうございます。今日は、IPCC1.5℃特別報告書の意義やShukla先生がお伝えしたかったことについてお聞かせ下さい。まずは、歴史的観点についてお考えをお願いします。

Shukla: 歴史的な観点から言うと、これまでの温室効果ガス排出量だけでは、世界の平均気温は1.5℃まで上昇しません。つまり、今すぐに温室効果ガス排出量を止めると、1.5℃以下に留まるということです。しかし、今すぐに温室効果ガス排出を止めるのは現実的ではありません。過去の排出量は既に、1.5℃に留まるためのカーボンバジェットの多くを使っています。残されたバジェットは770GtCO2です。2017年に人類は約41GtCO2を排出しました。この割合での排出が続けば、あと15年から20年でカーボンバジェットを使い切ってしまいます。1.5℃に留まるためには、2040年、2045年、2047年などの近い将来のどこかでCO2の排出量をネットゼロにする必要があります。歴史的には国連気候変動枠組条約(UNFCCC)を通じて各国は連携してきました。しかし、今は、以前に比べて分断化が進行し、すべての国が強く結びついている訳ではありません。課題はもっと強い連携を作ることです。もう一点重要なことは持続可能な開発とのリンクです。持続可能な開発目標の一番目は貧困撲滅<「貧困をなくそう」>です。持続可能な開発と貧困撲滅は1.5℃特別報告書のタイトルに入っています。本特別報告書はこれらの点を考慮して書かれています。第5章に、温暖化対策とSDGsとのシナジーとトレードオフが書かれています。この点は重要です。

 

甲斐沼: 科学的にはどのようなことが言えるでしょうか?

Shukla: 科学的側面から言うと、1.5℃に気温上昇を抑えることは実現可能(feasible)であるということです。本特別報告書では、実現可能性(feasibility)について6つの指標を挙げています。経済的可能性、技術的可能性などに関する指標です。これらすべての指標が、まだ1.5℃に抑えることが実現可能であることを示しています。可能性に関して重要な点は、資金のレベルです。この点については、まだ議論が必要です。必要な資金と現実とにはまだギャップがあります。緩和策も重要ですが、食糧システム、生態学的システムなどとの関連も重要です。途上国では食糧生産を増やす必要があります。これらの点についても科学の役割は重要です。

 

甲斐沼: 政策的にはどうでしょうか?

Shukla: 政策的な観点では、世界的な連携を深めることです。現在はパリ協定のもとで対策が進んでいます。パリ協定は自主的貢献です。自主的貢献は良いのですが、このままでは、1.5℃の目標を達成することはできません。現在各国から提出されている「自国が決定する貢献(NDC)」では、すべてを実施しても3℃までも気温が上昇する可能性があります。自主的貢献の目標を引き上げることや、もっと強い連携が必要です。資金や技術移転に関する先進国と途上国との連携が必要です。カトヴィツェで気候変動に関する政府間パネル(IPCC)はUNFCCCに1.5℃特別報告書を渡しました。科学者は1.5℃は実現可能であるという報告書を書きました。今後の課題は本特別報告書をベースに如何に温暖化対策を実行していくかということで、これは政策担当者の仕事です。

 

甲斐沼: タラノア対話についてはどのようにお考えですか?

Shukla: タラノア対話は素晴らしい制度です。しかし、実行されることが重要です。タラノア対話では、「我々はどこにいるのか?ここからどこに行くのか?そこにどうやって行くのか?」について話し合われました。1.5℃特別報告書には、我々は今どこにいて、どこに行こうとしているかが書かれています。今後は制度的な整備が必要です。パリ協定は一つの制度です。自主的取組はありますが、これをもっと強力に連携する制度の整備が必要です。技術を開発するのは企業なので、その観点から企業がどのように貢献できるかを示すことが重要です。企業がどのようなシグナルを出すことが出来るかが重要です。これは、持続可能な開発とも関係しています。京都議定書では、既に排出量取引が入っていました。ヨーロッパでは排出量取引の経験が既にあります。クリーン開発メカニズム(CDM)という制度もできました。パリ協定を実施するにあたって、このような仕組みが必要です。炭素価格を仕組みに入れることについてはまだ検討が必要です。被害コストを入れる仕組みも必要です。

 

甲斐沼: 最近では企業が対策に熱心になったように思えるのですが。

Shukla: 確かにそうです。しかし、炭素に価格がつくと、もっと対策が加速されると思います。

 

甲斐沼: COP3の時は企業の方々は京都議定書の削減目標や炭素税に反対でした。自主的目標を主張されていました。

Shukla: 確かにそうです。その当時、産業界はまだ準備ができていませんでした。イノベーションを起こすのではなく、自分たちが持っている対策メニューだけで対応しようとしました。また、(市場環境や社会環境の大きな変化により、価値が大きく損なわれてしまう)座礁資産という考え方もまだなかったと思います。COP3から20年がたちました。その間に多くのことを経験しました。今では、ソリューションを持っている企業もあります。

 

甲斐沼: RE100<100%再エネ導入>や、SBTi<企業版2℃目標>に参加している企業もあります。ESG<環境・社会・ガバナンス>投資も増えてきました。

Shukla: 炭素に価格がつけば、もっと多くの企業が解決策を考えるようになると思います。

 

甲斐沼: どれだけCO2を削減すればよいのか決めるために、企業も目標が必要ということでしょうか?

Shukla: 目標と炭素価格は同じことです。価格は目標のシャドウ価格です。目標を決めれば、炭素価格も決まります。

 

甲斐沼: 1.5℃特別報告書に書かれていないことで、伝えたいことがありますか?

Shukla: 今回の特別報告書で評価することを頼まれなかったこととして、雇用があります。これはSDGsとも関連しています。例えば、石炭に関連した仕事をしている人たちは、炭鉱が閉鎖されれば仕事を失います。この人たちに、新しい技術を身につけさせることが重要です。新しい仕事を得るためには、再教育が必要です。歳をとっている場合は、新しい仕事を見つけることは困難ですが、若い人たちは再教育によって新しい仕事を持つことができます。インドでは、例えば、運転を習うことによってタクシーの運転手になることができます。

 

甲斐沼: 他にはなにかありますか?

Shukla: 適応に関することです。今非常に多くの気候に関する情報があります。昔は固定電話でしたが、インドでは電話線がなく、多くの人には通信手段がありませんでした。今では携帯を使って多くの情報を得ることができます。例えば、今日天気に関する情報はスマートフォンを通じて簡単に手に入れることができるので、農民がこうした情報を農業に生かすことができます。他方で、デジタルネイティブの一時代前の世代や、教育の機会に恵まれなかった人々、特に女性にとって、こうした機器を使いこなし、また、得た情報を有効に使うための教育の機会も必要です。インターネットに繋がることにより、仕事やショッピングをリモートですることができるようになりました。これらは交通からのCO2排出量を削減するのにも有効です。健康との関係も重要です。インドでは「クリーン・インディア」というプログラムがあります。清潔な水を供給し、トイレを各家庭に設置するためのプログラムです。また、各地方にヘルス・センターを建設する計画が進んでいます。これらのプログラムの推進にはエネルギーが必要です。停電するとせっかくのワクチンがダメになったりします。温暖化対策とSDGsを同時に考える必要のある分野です。地方をいかに魅力的にするかという「都市の快適さを農村に」というプログラムもあります。都市に人口が集中すると弊害もでてくるので、農村への定着率を高めるためのプログラムです。ITを駆使して交通量を減らすことも考えられます。

 

甲斐沼: インドではどのように1.5℃特別報告書は受け止められましたか?

Shukla: インドでは政策決定者はポジティブに受け止めています。特別報告書が発表された後すぐに、インド政府に説明しました。彼らは対応に熱心であると受け止めました。IPCCの総会でも多くの点においてポジティブでした。インドでは再生可能エネルギーを推進しています。まだまだ十分ではありませんが、パリ協定で約束したより早く目標を達成しています。

 

甲斐沼: インドでは再生可能エネルギーの普及に補助金を出しているのでしょうか?

Shukla: 再生可能エネルギーについては、主に三種類の対策があります。一つは大規模発電企業です。競争力があるので、少しは補助金を出していますが、基本的には競争に任せています。二番目は屋上太陽光発電です。住民は電気を売っているわけではなく、自分で使っています。補助金が入っています。三番目は村です。多くの村ではまだ電気が普及していません。電気が来ていたとしても十分でないというケースもあり、また、電気の代わりにケロシン(灯油)ランプを使っているところもありますが、これは健康被害を引き起こします。これらの村について、政府は電気がつく程度の太陽光パネルを援助しています。また、健康センターや学校にも援助しています。しかし、予算に限りがあるので、すべての村にという訳にはいきません。再生可能エネルギーには問題点もあります。グリッドの設置と安定性です。太陽光発電だけでエネルギーが来るとすれば、日中しかエネルギーがありません。

 

甲斐沼: 解決策はないのですか?

Shukla: あります。例えば、ドイツでは非常に良い仕事がなされています。スマート・グリッドです。バッテリーの性能も良くなっています。アイデアはありますが、インドではまだ実装されていません。

 

甲斐沼: インド以外の南アジアの国ではどうでしょうか?

Shukla: インドの近くにモルジブという多数の小さな島から成る国があります。海面上昇によって多くの住民が移住しなければならなくなる可能性がある国です。移住する土地か、海面上昇を止める技術を必要としています。そのための資金も必要です。GreenClimateFund(緑の気候基金)に、先進国が毎年1000億ドルの基金を拠出することになっています。その内半分500億ドルを緩和に、500億ドルを適応に使うこととなっています。これらの資金が適切に使われることが重要です。

 

甲斐沼: 緩和策に関して特筆することはありますか?

Shukla: 多くの対策が考えられますが、持続可能である必要があります。その点で、原子力発電に関しては問題があります。ヨーロッパやアメリカでは、現在は推進されていないようです。日本は2011年の福島第一原発事故の後に住民は原子力の普及に反対と聞いています。中国は原子力を推進しています。インドは一つのオプションとして考えていますが、多くの住民は反対しています。原子力の方向性については1.5℃特別報告書ではまだ十分に評価されていません。

 

甲斐沼: 最後にぜひ伝えておきたいことがあれば、お願いいたします。

Shukla: 廃棄物を減らして、循環型社会を実現するというのも一つの案ですが、特別報告書では十分検討されていません。ゼロエミッションの実現についても、まだまだ検討することがあります。これらに関しては、第6次評価報告書でも検討する予定です。

 

甲斐沼: ありがとうございました。

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