INTERVIEW

0.5℃の差は意外と大きい

肱岡 靖明 1.5℃特別報告書 第3章主執筆者
インタビュー実施日:2018年11月9日/場所:国立環境研究所

甲斐沼: 今回はインタビューのお時間をいただき、ありがとうございました。早速ですが、今回の1.5℃特別報告書(以下、特別報告書)で伝えたいことを教えていただけますか。

肱岡: 0.5℃の差は意外と大きいということです。これまでの研究では、気温が4℃上昇した場合と、2℃上昇した場合の影響を中心に見ていました。今回の特別報告書では気温上昇が1.5℃と2℃の場合の影響の差を見るという課題が与えられました。レビューを始める前は、1.5℃と2℃の時の影響の差は誤差の範囲だと予想していましたが、思った以上に影響の差があったことは驚きでした。

 

甲斐沼: 今まで研究してこなかったことに焦点を当てたということですか?

肱岡: 1.5℃の気温上昇に対応する影響研究が無かった訳ではないのですが、非常に少なかったのです。
温度には日変動、月変動があります。同様に雨量にも変動があります。線形の変動ではないので、誤差の範囲に入って大きな違いは出ないと思っていました。気温の変化による影響の違いは出ると思っていましたが、水資源に関しては1.5℃と2.0℃による影響の差は現れないのではないかと思っていました。

 

甲斐沼: どのような分野で影響が強く現れますか?

肱岡: 1.5℃と2.0℃で明確な影響の差が現れる分野は主に生態系です。サンゴ礁は2℃の気温上昇ではほぼ絶滅してしまいますが、1.5℃では70~90%減少すると予測されるため絶滅はしません。ほぼ絶滅することと、10%でも残ることとの差は大きいです。気温がゆっくりと変わっていくのであれば、北上するという選択肢もあります。

 

甲斐沼: 地域の影響はどうですか?

肱岡: 担当した水資源では、今回は世界目標を検討する場合の影響評価を依頼されたので、世界の影響を中心に評価しました。他方、地域の影響については、それほど論文を集められていません。

 

甲斐沼: 地中海の影響は幾つか書かれています。

肱岡: そうですね。地中海はそもそも乾燥しており関心も高いので、トピック的に、地中海だけハイライトして結果を書いています。他方、ではアジアはどうなのかと言われると、アジアに関してもトピック的に書かれているところがありますが、十分に議論されておらず、詳細な検討は今後の課題です。

 

甲斐沼: 緩和では、低炭素社会の実現に向けてどれだけ投資すれば良いかが話題になっていますが、影響・適応分野の動きはどうですか?緩和は直接ビジネスに結びつきますが、適応はどうでしょうか?また、適応へは誰が投資しているのでしょうか?

肱岡: 国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づく途上国への資金供与として緑の環境基金(GCF:GreenClimateFund)があります。GCFの半分は緩和に、半分は適応に使われることになっています。気候変動リスクを融資の際に考慮することが重要となってきています。2015年4月、G20財務大臣・中央銀行総裁会合は、企業が財務報告の中で気候変動リスクをどのように考慮すべきか検討することを盛り込むよう、金融安定理事会(FSB)に要請しました。FSBはこれを受けて、2015年12月に気候関連財務開示タスクフォース(TCFD)の設立を公表しました。TCFDは2017年6月に最終報告書を提出しました。今は気候関連リスクにどう対応していくかが企業に求められています。

 

甲斐沼: 開発と適応はどこからが開発で、どこからが適応なのかが区別しづらいと思うのですが、仕切りはどのように考えたらよいのでしょうか?

肱岡: 開発と適応は区別しづらいです。例えば、気候変動がなくても、街を守るために堤防がない地域に堤防を作る場合があります。これを途上国が「適応だ」と言って全額の費用を受け取ろうとすると、先進国は莫大な金額を投資しなくてはならなくなります。いや、それは開発ではないか、適応部分は幾らなのか、となると、基礎の部分と適応の部分を分けなくてはならなくなります。資金を受け取る方は「適応」と言い、払う方はそこまで負担できない、これではコミュニケーションができません。緩和はどうでしょうか?

 

甲斐沼: 緩和策としては技術革新による新しい技術の導入が大きいと思います。企業は新しい技術に対応していかないと取り残されるので、技術開発に向かうインセンティブがあります。また、温暖化対策の必要性を認識している企業では、RE100(再生可能エネルギー100%)やSBTi(ScienceBasedTargetinitiative)などのイニシアチブを推進しています。企業の評判(Reputation)も重要です。欧米ではRE100の製品でないと売れにくい状況になってきているので、それもモチベーションになります。ESG(Environment,Society,Governance)投資も根付いてきています。

肱岡: 適応の場合は、堤防の代りに別のモノを作るといった切り替えができませんが、堤防自体を作ることも、堤防を強化するのも適応になります。また、危険な地域から避難するというソフト対策もあります。

 

甲斐沼: 低炭素社会に移行するのにいくら費用がかかるかをモデルで推計する場合、ほとんどの場合は、新しい技術に移行する費用しか推計できていません。低炭素社会の実現にあたっては、都市の設計や交通システムなどのインフラの整備が重要です。インフラには莫大な費用がかかりますが、インフラにかかる費用は低炭素に向かわなくても必要だということで、費用に入れない場合が多いです。
つまり、コンパクトシティにするかどうかは低炭素に関係なく、住みよい街を追求する、また、例えば高齢化で都市機能に近いところに人が住むというコンセプトを実現するものです。他方、このコンパクトシティのエネルギーを石炭ではなくて、太陽光や風力に変えるということは、低炭素社会実現のための対策になります。国際エネルギー機構(IEA)では2℃の世界を実現するための費用として、エネルギー技術、インフラストラクチャー、交通への投資と分けていますが、統合評価モデルコミュニティでインフラ投資まで入れた分析は少ないです。

肱岡: 適応の費用を考える場合も、コンパクトシティを作るまでは都市開発ですが、少し高台に居住地域を造る、また、台風などの災害に備えて逃げる準備を万全にすることは適応になります。他方、コンパクトシティにして、堤防で囲う場合に、コンパクトシティを造る費用の全部が適応といえるかどうか?全部適応だというと、適応にかかる費用は膨大になります。

 

甲斐沼: 今回の特別報告書では持続可能な発展の文脈において、1.5℃に抑制するとありますが、持続可能な発展との関係はどうですか?

肱岡: 持続可能な開発目標(SDGs)に追加するということになるのかと思います。SDGsは生存の基本です。しかし、温暖化が進行し、影響(ショック)が生じた場合には、その目標を達成できなくなる可能性があります。このとき、この影響に備えること(適応)が重要です。豪雨で洪水が起こり、堤防が決壊すると安全な水を確保できなくなりますが、豪雨が起こっても大丈夫なようにしておくのは適応です。高台に浄水場があって、堤防が決壊しても、安全な水を確保して配ることができる、衛生状態も問題ないようにしておくなど、想定外の影響が起きてもすぐに対応・回復できるようにしておくのが、適応だと考えます。

 

甲斐沼: 特別報告書で伝えられなかったことを教えて下さい。

肱岡: 地域性の話や地域の違い、適応の定量的な部分など、研究としてもこれからのところがあります。
また、被害や適応の金銭換算が難しいです。また、コストが比較できないので、緩和と適応の比較は難しいです。さらに、緩和や適応を実行しても、影響が残る場合があります。緩和に必要な費用、適応策に必要な費用、緩和策と適応策を実施した場合に生じる被害額を見積もることができなければ、緩和や適応策の目標を立てるのは容易ではありません。適応や被害額の研究はまだまだこれからです。

 

甲斐沼: それは重要な問題で、緩和策を実行すると費用が嵩んで問題だと良く言われますが、温暖化影響との比較がされていないことが多いです。
スターン・レビューではある程度明らかにされましたが、もっと詳細な分析が必要であると考えます。次世代のGDPは今よりはるかに大きく(GDPが年2%で増えるとすれば、2100年のGDPは2018年の約5倍になる)、次世代の人々の生活を心配する必要などないとの考え方が一部にあることは承知していますが、それは温暖化影響が無いという前提です。現時点で、実際に影響を受けて困っている人々が世界中にたくさんいる中で、影響を評価することがもっと必要になってきます。
影響は金銭換算が難しいです。サンゴ礁が死滅したら被害額が幾らになるか、数字で出すことはできません。サンゴ礁には9万種の生物が棲んでおり、死滅すると漁業にも影響が現れると言われます。農業や漁業がGDPに占める割合は少ないので、経済に大きな影響はないという考え方も一部にあり、また、観光で換算してもGDPに占める割合は小さいですが、では農業や漁業の収穫が無くなってもよいのかというと、それは違います。飢餓を無くすというのはSDGsの目標の一つです。また、生態系に多大な影響があり、海からの利益が得られなくなるかもしれないことは、定量化できなくても重要な問題です。

肱岡: 人間社会への温暖化影響については解っていないことが多いです。緩和は幾らで技術ができて、CO2がどれだけ減るというのがわかります。他方、適応の研究にはエンドユース的なものがありません。サンゴ礁を守ることによって、サンゴ礁に住んでいる生物も守ることができるなどのコベフィットがあることはわかっていても、それが金銭的にどの程度プラスであるか推計するのは難しいです。割引率を変えて影響を高く見積もることも可能といえば可能ですが、そもそも影響に組み入れるデータがありません。
極端現象に関する研究も不十分です。影響は年平均気温だけで見積もることはできないため、世界の年平均値気温1.5℃と2℃における極端な気候を正確に予測できなければ、それによる影響を見積もることは難しいです。

 

甲斐沼: 日本でも今年(2018年)の夏は暑かったですね。今夏の酷暑で温暖化を実感した方も多かったのではないかと思います。気候が熱帯になっているのでは、と感じます。春と秋の期間が少なかったり、夏の夜も気温が下がらずに暑かったり、梅雨がしとしと雨ではなく豪雨だったりしました。

肱岡: 2003年のヨーロッパの熱波では、多くの方が亡くなりました。あれはもともと暑い気候に慣れていなかったせいでもあります。あの時、ヨーロッパではエアコンがほとんどありませんでした。地下の墓地に行って涼んでいた方もいました。今までなかった現象に対処するのは難しいです。都内の人は暑いのに慣れているので、1℃上がっても、「少し暑い」、程度で済むかも知れませんが、慣れていないと大変です。

 

甲斐沼: 私は1993年からしばらくの間、ウィーンにある国際システム応用分析研究所(IIASA)に毎年行っていました。最初に行った頃は、ホテルやカフェーに冷房がありませんでした。数年後には、カフェーの入り口に「冷房あります」の張り紙を見かけるようになりました。それから数年して、ほとんどのホテルやカフェーに冷房が入るようになりました。

肱岡: 昔は、夜は涼しくなって回復できましたが、今はずっと暑いままで、肉体的に疲れますね。

 

甲斐沼: パリ協定には2100年という数字はありませんが、特別報告書では2100年までに気温上昇を1.5℃以下に抑えられるかどうかを検討しています。これについてどう考えますか?

肱岡: 何万年か先は、我々の「適応」には入りません。我々は今の社会がどうなるかを検討しています。最大2100年あたりまでしかシナリオもできませんし、技術の仮定もできませんので、500年後の社会がどうなっているのか、と言われても考えられません。
我々が対応でき、また対策を考えられるのは2100年までが限界です。2100年以降の人類に、持続可能な世界を手渡す意味でも、その手前で考えた方が良いと考えます。その手前で対策して1.5℃以下にしておくことは重要です。

 

甲斐沼: 今後はどのような研究が必要だと思われますか?

肱岡: 今回は時間がなかったので、全球的な影響を中心に評価しました。IPCCが世界目標を議論する場合は、やはり全球での影響がどうなっているのか見る必要があります。
世界の影響の記述のところに、アジアや地中海での影響がケーススタディとして入ってはいますが、基本は世界の影響を評価しています。
世界の年平均気温上昇が1.5℃の場合と2℃の場合に様々な影響の差があることが示されましたが、地域の影響についてもっと詳細に評価する必要があります。
水ストレスに関しては、人口やGDPの変化の方が、1.5℃と2℃による影響の違いよりも有意に効いてきます。人口を減らす、水の利用を減らすという方が、1.5℃、2℃の気温上昇が与える影響より水ストレスにかかる影響は大きいのです。将来の社会像の違いの方が、特定の社会像を想定した物理的予測の不確実性より、水資源へのリスクが大きいことについて、今後はより詳細に検討する必要があります。
世界でどれだけ投資が増えて、どれだけ温暖化影響が少なくなったかを見るのは、第6次評価報告書に期待したいと思います。

 

甲斐沼: 今日はお忙しいところありがとうございました。

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